心の断捨離「放てば手にみてり」
放てば手にみてり
とは仏教の教えで「想いを手放すと心の中に余白ができ、その余白に、より大切なものが入ってくる」と言う意味🙏
後悔、心残り、自責の念、恨み、辛み、憎しみなどに囚われていては本当に大切な事に気づかない
過去と現在を彷徨っては苦しくなるばかり…明るい未来が見えない
想いとは、物への想い、人への想い、執着とも言えるかもしれない。簡単には手放せないが、ずっと手の内にあると人生が暗くなる
物の断捨離→人間関係の断捨離→心の断捨離
本当に必要な物は多くはない、心を満たす物だけを残して後は「ありがとう」と感謝して手放せばいい。人間関係も同様、何年も連絡を取っていない人は整理したほうがいい
物が多過ぎると新たな道が塞がれる。物を手放せないという事は過去を手放せないという事、荷物が多過ぎると動きが鈍る、過去に居座ると未来に歩んで行けない
執着を持ち過ぎると心が鈍る、新たな道に気づかない
心が片付けば風が通る、風が通れば心が澄む
そして、その澄んだ心の中に新たな道へと踏み出す勇気が生まれるのです🙏
心配はいらない、私も、ある想いを手放そうとしているが、手放しきれていない…だって人間だもの、無理する必要はない
※ある日、心に残っていた想いがスーっと引いていった
仏教に「愚か者を道連れにするな」という教えがある「愚か者といつまでも関わろうとすると心を無駄に消費する、そんな人とは離れなさい」という意味。正に断捨離
最後に、これが心の断捨離の本質かもしれない、それは、あなた自身が断捨離される人になってはならない🙏
自分勝手、自己中心、自分本位、傲慢、嘘をつき、人を騙し、人を裏切り、人を犠牲にし、非を認めず、忠告を聞かず、過去のせい、家庭のせい、環境のせい、人のせい、言い訳ばかり、倫理観がない、反省ができない人
そんな人には何の感情も無くなる「言われるうちが花」怒り、悲しみ、呆れ、哀れみすら無くなる
どんな関係であろうが音も無く一瞬で終わる
「コノヒトニハ、モウナニヲイッテモムダ😞」
「アナタト、ハナスダケデツカレル😩」
「キミガドウナロウガシッタコッチャナイ😑」
「ドウゾゴジユウニ、サヨウナラ👋」
後になって泣きついても『時すでに遅し』もう二度と戻らない。ただただ、心の底から無関心になる
失望され、見限られ、見放され、見捨てられ…
泣こうが、喚こうが、暴れようが、謝ろうが、すがろうが、倒れようが、金を出そうが…心に何の波風も立たない人、一切関わりたくない人
そんな愚か者にはなってはならない🙏


